

執筆・発行:株式会社イエリテ
公開日:2026年08月20日
情報確認日:2026年08月20日
入居者が退去したあとの壁紙の張り替えやハウスクリーニングの費用を、どこまで借主に請求してよいのか。戸建てを貸している方にとって、敷金の精算は迷いやすい場面です。
結論からいえば、退去後の修繕費をすべて借主に請求できるわけではありません。年数の経過や普通に暮らしたことによる傷みは貸主の負担、借主の不注意や手入れ不足による傷みは借主の負担、というのが法律とガイドラインの基本的な考え方です。
この分け方を知らないまま精算を進めると、借主との話し合いがこじれたり、あとから返金を求められたりするおそれがあります。貸主の立場で知っておきたいルールと、トラブルを防ぐための実務を確認していきます。
この記事の目次
原状回復と聞くと、入居前の状態まで戻す義務のように感じますが、法律上の意味は異なります。借主が負うのは、自分の不注意などで生じさせた損傷を元に戻す義務だけです。
民法第621条は、借主の原状回復義務を次のように定めています(出典:民法(e-Gov法令検索))。
この規定は、2020年4月1日に施行された改正民法で明文化されたものです。それまで判例やガイドラインで示されてきた考え方が、条文になりました。
敷金についても、民法第622条の2に定めがあります。敷金は家賃の滞納などの担保として借主から預かるお金で、賃貸借が終了して物件の返還を受けたときに、借主の債務を差し引いた残額を返還しなければなりません。
なお、改正民法の規定は、原則として2020年4月1日以後に締結された賃貸借契約に適用されます(出典:民法の一部を改正する法律の経過措置(法務省))。同日より前に締結された契約では、改正前の民法が適用される場合があります。もっとも、通常損耗・経年変化を借主負担としない基本的な考え方は、従前の判例や国土交通省のガイドラインでも示されていました。古い契約の精算では、契約締結日・合意更新の有無・特約の内容を確認し、判断に迷う場合は専門家へ相談してください。
負担の分け方を具体的に示した資料として、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版・平成23年8月)」があります(出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について)。民間賃貸住宅の退去時トラブルを防ぐために作られた資料で、損耗の具体例ごとに貸主負担か借主負担かの考え方を整理しています。
ガイドライン自体に法的な拘束力はありません。ただし、経年変化・通常損耗を借主に負担させないという基本的な考え方は民法にも明文化されており、実務上の判断の目安として広く参照されています。
イエリテの実務から
当社へ寄せられたご相談のなかに、退去時の修繕費は全額借主に請求できると考えていた貸主の方がいらっしゃいました。
貸主側もガイドラインの考え方を前提に負担を整理しておくと、借主との話し合いがこじれにくくなります。「どこまで請求できるか」を精算の場で初めて考えるのではなく、貸し出す前から知っておくことが大切です。
分かれ目は、「普通に住んでいても起きる傷みかどうか」です。
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判断のポイント
普通に住んでいても起きる傷み(経年変化・通常損耗)は貸主負担、借主の不注意や手入れ不足で生じた・広がった傷みは借主負担が基本です。

ガイドラインでは、次のような損耗は経年変化・通常損耗にあたり、貸主が負担すべきものとされています。
こうした修繕の費用は、家賃に含まれているという考え方をとります。次の入居者を迎えるための設備交換やクリーニングなどの化粧直しも、貸主負担です。
一方、次のような損傷は、通常の使用を超えるものとして借主負担と判断されることが多いとされています。
ポイントは、傷みそのものだけでなく「放置したかどうか」も判断に関わることです。結露のように建物側に原因があっても、借主が手入れを怠って被害が広がった部分は、借主負担と判断されることがあります。
沖縄県南部の戸建てでは、台風・湿気・塩害といった気候による傷みを、どちらの負担と考えるかの整理も必要です。基本の区分に当てはめると、次のようになります。
台風の被害が大きい場合は、精算以外の論点も生じます。残った部分だけでは住まいとしての目的を達成できないときは、借主が契約を解除できる場合があります(民法第611条第2項)。建物の全部が使用・収益できなくなった場合は、賃貸借はそれによって終了します(民法第616条の2)。このような大きな被害では、原状回復の精算とは分けて、契約の終了・賃料・敷金の扱いを管理会社や弁護士に確認してください。
イエリテの実務から
退去立会いの際、壁紙や設備の傷みが通常の使用によるものか、借主の不注意によるものかで、意見が分かれたケースがありました。
その場で判断を迫られると、貸主と借主のどちらかが納得しないまま精算が進みがちです。入居時の状態を記録しておくことと、ガイドラインの区分を手元に置いて一つずつ確認することが、立会いをスムーズにします。
借主負担と判断された損傷でも、修繕費の全額を請求できるとは限りません。ガイドラインは、建物や設備の経過年数を考慮して、年数が多いほど借主の負担割合を小さくする考え方をとっています。
たとえばクロス(壁紙)やカーペットは、6年で残存価値が1円になるような直線を描いて負担割合を算定します。この負担割合は、入居時の状態も踏まえて考えます。入居時に新品へ張り替えられていた場合は、入居時点を負担割合100%の出発点とします。張り替えられていない場合は、入居時点の状態や経過年数を踏まえて出発点を下げて考えます。入居年数だけで一律に計算するものではありません。
あわせて、請求できる範囲についても次の点を確認します。
「古い設備だから借主に一切請求できない」「新しい設備だから全額請求できる」のどちらでもなく、実際の請求額は、損傷の原因・入居時の状態・工事の方法・契約内容・見積りの妥当性を合わせて判断することになります。
契約は当事者の合意で決めるのが原則のため、通常の原状回復義務を超える負担を借主に課す特約を設けること自体は可能です。ただし、その効力は無条件には認められません。
ガイドラインは、借主に特別の負担を課す特約の要件として、次の3つを挙げています(出典:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版))。
最高裁の判例(最高裁平成17年12月16日判決)でも、通常損耗の補修費用を借主に負担させるには、負担する範囲が契約書に具体的に明記されているか、口頭で説明されて借主が明確に認識し合意していることが必要と示されています。
また、貸主が法人の場合や、事業として・事業のために賃貸する個人にあたる場合は、個人の借主との契約に消費者契約法が適用され得ます。個人の貸主が同法の「事業者」にあたるかは、賃貸の目的や実態を踏まえて個別に判断されるため、借主が個人であることだけで当然に適用されるわけではありません(消費者契約法第2条)。消費者契約にあたる場合は、民法などの規定と比べて借主の権利を制限し、または義務を加重する条項で、信義則に反して借主の利益を一方的に害するものは無効とされています(同法第10条。出典:消費者契約法(e-Gov法令検索))。
消費者契約法が適用されるかどうかにかかわらず、通常損耗まで借主負担とする特約では、対象となる工事の範囲や負担額の目安(単価など)まで契約書に具体的に書き、契約前に説明して合意を得ておくことが、ガイドラインでも勧められています。
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注意点
契約書に書いてあるというだけでは、特約の効力が認められないことがあります。範囲と金額の目安まで具体的に定め、契約前の説明と借主の明確な合意をそろえることが大切です。
契約形態そのものの選び方は、普通借家契約と定期借家契約の違いは?戸建てを貸すときの選び方で整理しています。
原状回復のトラブルは、退去時だけの問題ではありません。契約時・入居時・退去時の3つの場面での準備が、精算の揉めごとを防ぎます。

原状回復の内容と負担の分け方は、契約前に借主へ開示し、十分に確認してもらったうえで契約書に定めます。特約を設けるなら、前の章で確認した要件を満たす形で、範囲と金額の目安まで具体的に書きます。
宅地建物取引業者が媒介する場合、重要事項説明書には「敷金等の精算に関する事項」という項目があり、原状回復に関する精算の考え方もここで説明されます。そのうえで、実際の負担区分や特約の内容は、契約書の側で具体的に定めます。媒介を依頼する不動産会社に、説明内容を確認しておくと安心です。
入居時にすでにあった傷・汚れか、入居後に生じたものかが分からないと、退去時の判断ができません。入居時に借主と一緒に室内を確認し、日付の分かる写真とチェックリストで状態を残しておきます。
ガイドラインにも、入居時・退去時の物件状況を確認するチェックリストの様式例が掲載されています。戸建ては部屋数や設備が多く、庭・外構など確認する範囲も広いため、記録があるかどうかで退去時の話し合いが大きく変わります。入居時の記録や設備表は、退去時の精算だけでなく、入居中の設備故障や災害時の対応を判断するときにも役立ちます。
退去時は、できる限り借主と一緒に立会いを行い、損傷の箇所と原因をその場で確認します。入居時の記録と突き合わせながら、どの損傷が借主負担にあたるのかを一つずつ整理します。立会いの前後に必要になる解約通知の受け方や鍵の返却、残置物の扱いなど退去全体の進め方は「戸建て賃貸の解約・退去・明渡しの流れとスケジュール」で整理しています。
精算の内訳は、箇所・工事内容・金額が分かる形で借主に示します。
請求の時期にも注意が必要です。借主が契約の趣旨に反する使用・収益をしたことによる損害の賠償を求める場合は、貸主が物件の返還を受けた時から1年以内に請求する必要があります(民法第600条第1項・第622条)。すべての精算項目に一律に当てはまる期限ではありませんが、退去時の写真・入居時の記録・見積書・精算内訳は早めに整理し、争いになりそうな請求は管理会社や弁護士へ確認してください。
管理会社へ委託している場合は立会いや精算案の作成を任せられることもあるため、委託範囲を契約で確認しておきます。管理方法の選び方は、戸建てを貸すとき管理会社は必要?沖縄で考える自主管理と管理委託の選び方をご覧ください。
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場面ごとの確認ポイント
内容と合意の仕方によります。通常の清掃を行ったうえでの専門的なクリーニングは、本来は次の入居者を迎えるための費用として貸主負担側で考えるものです。借主負担とするには、負担する範囲や金額の目安が契約書に具体的に示され、借主が認識して合意していることが必要とされています。さらに、貸主が事業者にあたり消費者契約となる場合には、借主の利益を一方的に害する条項は無効とされる問題も加わります。金額が周辺の実費と比べて過大な場合など、効力が争われることもあります。
賃貸借が終了して物件の返還を受けたあと、借主の債務を差し引いた残額を返還します(民法第622条の2。出典:民法(e-Gov法令検索))。返還までの具体的な日数は法律では定められていないため、契約書に精算・返還の時期を定めておくと、退去後のやり取りがスムーズです。精算に時間がかかる場合も、内訳を示して連絡を入れておくとトラブルになりにくくなります。なお、貸し出す前に敷金をいくら預かるかを決める段階の考え方は敷金・礼金はいくらにする?家を貸すときの決め方と注意点で整理しています。
別の問題です。賃貸物の使用・収益に必要な修繕は、原則として貸主が行います(民法第606条第1項)。ただし、結論は一律ではありません。その設備が賃貸借の対象として引き渡されたものか(前の入居者が残した「残置物」扱いではないか)、故障の原因が借主の責めに帰すべきものか、契約書や設備表にどのような修繕分担が定められているかで変わります。また、貸主負担の修繕にあたる場合、借主から修繕が必要と通知を受けた(または貸主がその必要を知った)のに相当の期間内に必要な修繕をしないとき、または急迫の事情があるときは、借主が自ら修繕できる場合があります(民法第607条の2)。連絡を受けたら対応の可否や予定を早めに伝え、通知の日時・応急対応・手配内容を記録しておくと安心です。エアコンや給湯器の故障は、設備表と契約書を確認したうえで、管理会社や専門家へ判断を相談してください。
根拠のある借主の債務であれば、敷金から差し引いて精算できます。未払いの家賃や、借主負担と判断できる原状回復費用については、貸主は敷金をその弁済に充てることができます(民法第622条の2第2項)。一方、通常損耗や経年変化の分まで含めた、根拠のない控除はできません。契約書・入居時と退去時の写真・見積書・経過年数・精算内訳を示して説明し、それでも争いが残る場合は、弁護士など専門家への相談を検討してください。管理会社へ委託している場合は、精算実務の進め方をまず管理会社に相談する方法もあります。なお、借主の用法違反などによる損害賠償を請求する場合は、物件の返還を受けた時から1年以内という期間の定めがある点にも注意してください(民法第600条第1項・第622条)。
戸建てを貸すこと全体のメリット・デメリットは、戸建て賃貸のメリット・デメリットは?売却する前に確認したいことで整理しています。
この記事は、一般的な情報提供を目的としたものです。原状回復の負担や特約の効力は、契約内容や損傷の状況など個別の事情によって判断が変わります。具体的な精算や法的な争いについては、弁護士など専門家へご確認ください。制度や運用は変わることがあります。
南城市・沖縄県南部で戸建てを貸している方、これから貸そうと考えている方の相談をお受けしています。家賃の目安や貸し出し前の準備の整理から、まだ決めていない段階でもご相談いただけます。

株式会社イエリテ 代表
沖縄県南城市出身。住宅建築設計や不動産実務の経験を活かし、土地・戸建て・空き家・相続不動産などの売却や活用をサポートしています。お客様一人ひとりの事情に寄り添い、売る・残す・活用するといった選択肢を分かりやすく整理してご提案します。
売却だけでなく、賃貸や管理を含めた活用方法についてもご相談いただけます。